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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)3324号 判決 1969年6月17日

原告 株式会社アジヤ

被告 株式会社帝都無線

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  (第一次請求) 被告は原告に対し、東京都新宿区角筈一丁目一一番地一所在鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付三階建店舗兼事務所の公道から向つて右側に設置された別紙目録第一記載の看板(以下被告の看板という。)を撤去せよ。

二  (第二次請求) 被告は原告に対し、金八四五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年四月一二日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第三請求の原因

一  原告は靴の製造、販売を業とする会社であり、被告は電気器具の販売を業とする会社である。

二  原告は、東京都新宿区角筈一丁目八一九番地一〇に鉄筋コンクリート造陸屋根三階建店舗、事務所兼倉庫一棟を所有し、そこに新宿駅前支店を設け、昭和三四年ごろから右建物の公道から向つて左端に、公道上に突き出して別紙目録第二記載の看板(以下原告の看板という。)を設置している。

三  被告は、原告の建物の公道から向つて左側に隣接して請求の趣旨第一項記載の建物一棟を所有し、そこを本店として営業していたところ、昭和四二年五月下旬ごろ、右建物の公道から向つて右端(原告の建物寄り)に公道上に突き出して原告の看板とほぼ同じ高さに、ほぼ同形の被告の看板を設置した。

その結果、原告の看板の公道から向つて左側片面は、被告の看板によつて覆われ、全く外部から観望できないものとなつた。

四  被告の代表取締役佐々木実は、被告の看板を設置するにあたり、被告の建物の公道から向つて左側に設置するなどして原告の看板に損害を及ぼさない方法をとりうるのに、原告の看板の効用を失わせる意図のもとにあえて原告の看板に接着させて被告の看板を設置した。

かりに佐々木に加害の意図がなかつたとしても、同人は被告の看板を設置するにあたり、隣接する看板に損害を及ぼさないようにすべき注意義務を怠つた過失がある。

五  原告の看板は、被告の看板によつて片面を覆われたことにより看板としての効用を全く失つた。右看板の時価は金八四五、〇〇〇円である。

六  よつて、原告は被告に対し、

(一)  第一次請求として、建物所有権に基づき、原告の看板に妨害を加えている被告の看板の撤去を求め、

(二)  第二次請求として、被告の代表取締役がその職務を行うにつき違法に原告に加えた損害の賠償として金八四五、〇〇〇円とこれに対する不法行為の日の後である昭和四三年四月一二日から支払ずみまで年五分の割合による損害金の支払いを求める。

第四請求の原因に対する答弁

一  請求の原因第一ないし第三項の事実は認める。同第四項の事実中、佐々木が被告の代表取締役であることは認めるが、その余の事実は否認する。同第五項の事実は否認する。

二  原告が従来享受していた看板を観望されるという利益は、単に事実上のものであつて、法律上の保護の対象となるものではない。

かりにそれが法律上の保護を受けるものであるとしても、被告の看板もまたその営業のため被告の建物に設置したものであるから、正当な権利行使である。したがつて、その結果原告の看板の片面の観望が害されたとしても、右程度の妨害は隣接関係にある者として原告が受忍すべき限度内のものである。

第五証拠関係<省略>

理由

請求の原因第一ないし第三項の事実は、当事者間に争いがない。

右の事実によれば、原告の看板の片面は、被告の看板によつて遮蔽されたことにより、所有権の効力としての看板の効用は継続的に妨害されていると認められる。

そこで右妨害が違法であるかどうかについて判断する。右争いない事実によると、被告の看板の設置も、原告のそれと同様に、その営業活動のために、権利の行使としてなされたものであるが、たまたま原告、被告の各所有建物が相隣関係にあることから、かかる妨害が生じたものであることが認められる。

相隣関係においては一方の物の利用または使用は、必然的に他方の物に影響を及ぼすから、隣接する不動産相互の利用の調整を図る必要があるため、互に社会生活上是認される範囲で相手方がその不動産を利用することによつて生ずる不利益を忍容すべき義務を負つていると解される。店舗がひきしめ合う市街地における店舗の使用については、特に然りである。したがつて、被告の看板を設置したことによつて生ずる不利益が原告の受忍すべき限度内にあるときは、右妨害は違法とはいえないが、これに反し、主観的には、被告がもつぱら原告の看板の効用を損うなど原告に損害を加える目的で、看板を設置したとか、客観的には、看板としては著しく不相当な材料、規模、構造でもつて看板を設置するなどして、権利行使の範囲を逸脱したために、原告の被る不利益が相隣関係にある者として受忍すべき限度を越えると認められる場合には、受忍範囲を越えた限度においてその妨害が違法になるというべきである。

原告は、被告の看板の設置場所など、設置の態様が不相当であり、かつ被告に加害の意図のあることを主張する。しかし、前記争いない事実によると、被告の看板は規模、設置場所など原告のそれとほぼ同様の態様で設けられていることが認められるから、原告は、原告の看板の規模を棚上げして、被告の看板を不相当だと非難できない道理であるし、このことと本件看板設置の場所が東京都においても屈指の繁華街である新宿駅前通りであることを考えるときは、被告の看板の設置が違法であるとは到底認めることができない。他に被告の看板の設置の態様が不相当であるとか、被告が加害の意図をもつて被告の看板を設置したとかの主張事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、被告代表者尋問の結果によると、被告の建物は間口が僅か一一尺位しかなく、小さな看板では両隣の看板に遮蔽されてしまうため、少くとも現在設置されている程度の大きさの看板を必要とすること、被告の代表取締役佐々木実は被告の看板を設置するにあたり、既に設置してある原告の看板に損害を及ぼさないようにと一級建築士中川正一をして被告の建物の公道から向つて左側に設置することを検討させたが、建物の構造上かかる大きさの看板を設置することは不可能であることが判り、他に適当な場所もないため、やむなく現在の場所に設置したことが認められる。

さらに原告の看板も片面は遮蔽されているものの、他の面は依然として看板としての効用を失つたわけではなく、また被侵害利益および侵害の態様にしても、原告が従来公道上の空間を利用して亨受していた看板の観望が遮断されたにとどまるのであるから、これらの事実を考え合わすと、原告の看板が妨害されたことによる不利益は、相隣関係にある原告の受忍すべき限度内のものであると判断される。もし、原告主張の理屈が大手を振つてまかり通るときは、市街地における相隣接する店舗の一方が本件のような看板を設置するときは、隣接店舗は、看板を設置できないという結果を招来する。これこそ早い者勝ちで、法は、このような不合理な結果を是認するために存在するものではない。以上により、被告の看板は適法に設置されたものと認められるから、この違法であることを前提とする原告の所有権に基づく妨害排除の請求および不法行為による損害賠償の請求は、この点において既に失当である。

よつて、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄 堀口武彦 小林亘)

(別紙) 目録

第一 縦一〇メートル、横一メートル、巾三〇センチメートルの「ビクターレコード」と表示された看板

第二 縦一〇メートル、横一メートル、前巾三〇センチメートル、後巾四五センチメートルの両面「アジア靴店」と表示された看板

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